私たちが住む宇宙も、私たち自身の身体も、すべては物質でできています。
そして科学的に明らかなこととして、宇宙に存在する物質には量的な上限があり、有限であると考えられています。
この「有限性」は、生命という存在の理解においても重要な起点となります。
科学は、宇宙と生命に共通するいくつかの揺るぎない事実を示しています。
宇宙に存在する物質は有限であり、生命は細胞という最小単位から成り立ち、細胞は自律的に活動しながら死と再生を繰り返します。
この確かな事実の上に立つと、宇宙と生命には「階層性」と「循環性」という共通した構造があることがわかります。
生命の最小単位としての細胞
生物学が明確に示している事実は次の通りです。
細胞は生命の最小単位である。
新陳代謝、増殖、環境適応など、「生命活動」と呼ばれる現象は細胞レベルで完結します。
人体は約37兆個もの細胞が協調して機能している。
細胞は一定期間で寿命を迎え、死滅と再生を繰り返す。
皮膚、腸、血液などは特に顕著です。
細胞の内部には、複雑だが自律的に働く分子機構が存在します。
例えば、
ATP合成酵素は、水車が水流で回るように、イオンの流れを利用して回転し、エネルギーを生み出します。
タンパク質を運ぶ分子モーター(キネシンなど)は、まるでレール上を歩く小さな生き物のように、エネルギー変換を利用して自律的に動いています。
人が道具を使って活動しているように、細胞も道具を使って活動しています。
これらは実際に顕微鏡映像や生化学実験で観察・証明されている「事実」です。
入れ子構造(フラクタル的観点)
ここからは、科学が提供する確かな事実を土台としつつ、そこから自然に広がる思索です。
私たち個人は無数の細胞の集合体であり、その細胞の状態を大まかに「管理」して生きています。
この視点をそのままスケールアップすると、次のような階層的な入れ子構造(フラクタル構造)が見えます。
細胞の集合体 = 私たち個人
個人の集合体 = 人類・社会
天体の集合 = 銀河
銀河の集合 = 宇宙全体
この「構造」自体は科学が示す通りですが、次に述べるのは 科学で未証明の領域に対する“推論” になります。
【推論】宇宙もまた「管理される集合体」なのでは?
私たちが細胞の状態を意志を持って整え、健康を保とうとするように、
宇宙という巨大な集合体も、何らかの“所有者”あるいは“管理原理”によって秩序を保っているのではないか?
これは宗教的断定ではありません。
以下は「推論」として丁寧に述べます。
【推論】宇宙の所有者と階層的入れ子構造
細胞 → 個体 → 社会 → 宇宙
のように、構造が階層化されているのなら、
自然な推論として、
宇宙にも、その宇宙を統率・管理する“上位層”が存在するのではないか?
という考えに辿り着きます。
私たちが体内の癌細胞を排除して命を守るように、
宇宙の所有者は、宇宙全体の調和を乱す「悪意」や不都合な振る舞いを排除する必要がある
という発想も、この入れ子構造的な視点からは自然な延長線上にあります。
ここでいう「排除」は罰や宗教的概念ではなく、「秩序維持」という中立的な意味です。
【推論】すべての生命は「核」を持ち、その核の質によって再生先が決まる
推論として、次のような生命モデルを考えることができます。
生命は物質としては消滅するが、“核”のような情報単位を持っている
核の価値・成熟度によって、次の再生先(階層)が決まる
劣悪でコピー不良な核 → 影響力の低い生命(微生物・細胞など)
成熟した価値ある核 → 人・動物など高次生命へと再生
大半の再生は「細胞としての再生」であり、まれに高度生命へと再生する
宇宙の所有者は、癌細胞を除去する人体のように、核の状態を見て再配置する
これはあくまで、
観察・物質の有限性・入れ子構造・循環という共通したパターンを元にした“合理的な推論モデル”であり、
特定宗教に依存しません。
仏教的な輪廻転生の思想が似た構造を持つのは興味深い一致ですが、
ここでの考察はあくまで盲信ではなく、
物質と生命の振る舞いを丁寧に観察し、
階層構造と循環を踏まえて
自然に導かれる仮説的モデル
として扱います。
【推論】有限の物質 → 有限の生命 → 消滅と再生の循環
物質が有限である以上、その物質を材料として成り立つ生命も有限性を持つ。
この論理は科学的に整合的です。
ここから、次の推論が生まれます。
生命は有限である
宇宙は物質を循環させ続ける
ならば生命もまた「消滅と再生」を通して循環しているのではないか
これは多くの哲学・宗教が直感的に捉えてきた輪廻転生の考えに似ていますが、
ここでは宗教的な盲信ではなく、観察・構造・有限性・循環という“科学的土台”から自然に導かれる推論として扱います。
まとめ:科学が示す事実と、そこから静かに始まる思考の旅
科学は、
「細胞は生命の最小単位である」
「宇宙の物質は有限である」
という確固たる事実を示しています。
そしてその確かな事実の上に、
生命・物質・秩序・循環という普遍的構造を積み重ねていくと、
宇宙の管理者の存在、生命の循環再生、核の成熟といった
壮大な思索へと自然に辿り着きます。
これは証明された科学ではありません。
しかし、自然な思考の流れの中で生まれる理性的な推論であり、
私たちが宇宙に向かって
「自分はどこから来て、どこへ向かうのか」
と静かに問いかけるための、有価な思考の出発点になり得ます。
私たち自身もまた、
この壮大な入れ子構造の中で、
唯一無二の「核」を持って存在しているのです。
その核がどのように成熟し、
次にどんな役割を担うのか。
それは、私たちの今の生き方そのものが、ゆっくりと形づくっていきます。
書籍:小説で読む「宇宙と生命」
その世界では、物質の有限性も、生命の階層性も、宇宙の所有者の存在も、すべてが揺るぎない【真理】として確立されています。
これは、宇宙という名の巨大な構造の所有者を主人公に据えた、壮大なサイエンス・フィクション・ノベルです。
主人公である「私」――宇宙の所有者――は、人体が細胞を管理するように、惑星、銀河、そしてそこに存在するすべての生命の「秩序維持」と「物質の循環」を遂行します。
所有者の視点: 物質の有限性という絶対的な制約の中で、いかに効率的かつ永続的に「宇宙」というシステムを循環させるのか?
決断の重み: 宇宙の調和を乱す「悪意」(癌細胞に等しい不都合な存在)を、いかに中立的な意味での「秩序維持」として排除するか?
生命の行方: 個々の生命が持つ情報単位「核」の成熟度を測り、次の階層(高次生命体への再生、あるいは細胞としての再配置)を決定する。それは、罰ではなく、システムとしての合理的な配置だった。
この物語は、宇宙のすべてを「管理」し「統率」する、孤独で絶対的な存在の静かなる葛藤と、生命の輪廻転生を巡る冷徹かつ美しい法則を描き出します。
私たちの今の生き方が、宇宙の所有者の目線から見て、どのような「核」の成熟度として評価されるのか――。宇宙を自由に作り消すことができる所有者が暮らす世界で、私たちの存在を問う作品です。
この書籍「少女の宇宙 Ⅲ」の詳細とご購入はこちら

